「何かあったら言ってね」というプレッシャー

私が所属するチームでは「辛い時は溜め込まず、積極的に弱音を吐いていこう」という「弱音タイム」というのがMTG冒頭に設けられています。

しかし、私はこの取り組みが好きではありません。

同じく、面談などで上長が発する「何かあったら言ってね」という一言も好きではありません。
むしろプレッシャーに感じてしまい、余計に言えません。

なぜ、そう思うのか私の考えを記します。



思いやりに見せかけたエゴ

ちょっと言いすぎかも知れませんが、これらは思いやりに見せかけたエゴなんじゃないかと感じているからです。

私の所属するチームは基本的に良い人ばかりです。

そもそも、「弱音タイム」などの【場】を設けてくれるだけでも、仕事で悩める方々からすると素敵なことだと思います。

ただ、ただ、部下である私はあえて言います。

これは上司の自己満足だと。


【場】を設けること自体は、とても素敵なことだと思います。

ただ、それは「始まり」に過ぎず、その【場】をどういうものに育てていくかは別の話です。

  • 「弱音を吐いていこう」というのであれば、まずは弱音を吐きやすい雰囲気作りをするべきではないか?
  • 弱音を吐きやすい雰囲気とはどんなものだろうか?
  • そもそも、その場で吐かれた弱音は、本音なのだろうか?
  • 本音だとしたら、どの程度で深刻な「弱音」なのだろうか?

などなど、考えるべきことはたくさんあると思います。

上記のような考えなくもたらされた【場】や、「何かあったら言ってね」のセリフは、良い効果を生み出すどころか、悪い効果をもたらす可能性もあります。

例えば、以下のようなことです。

  1. 自分の部署はちゃんと弱音タイムあるし、みんな弱音吐けてるからストレスフリーで働けているという慢心から、メンバーの変化に気づけない
  2. 「何かあったら言ってって言ったじゃん!」という理不尽な想いをぶつけられる

これをされてしまったメンバーは、その上司から距離を取り、その後、良好な関係を築くことは難しくなります。



強くなければ弱音を吐くこともできない矛盾

人はそんなに簡単に弱音を吐けません。(少なくとも私は溜め込んでしまうタイプだです。)

だって、みんながいる前で本音の弱音を吐くって勇気いりませんか?私はできません。

「この人になら…」という信頼関係があってこそ、「実は今つらいんです…」と言えるのではないでしょうか?

その信頼関係の構築を飛ばして、「何でも言ってくれよな!」と押し付けるのは上司の自己満足だと私は思います。



結局、コミュニケーションの積み重ね

では、せっかく設けられた【場】どうすれば良くできるのでしょうか。

やはり日々のコミュニケーションの積み重ねだと思います。

コミュニュケーションは、やたらプライベートな話をしたり、やたら飲みに誘ったり、そういうことだけではなく、どれだけ自分の仕事を見てくれているかや、どんな小さな仕事に対しても「ありがとう」を言ってくれるか、そういう小さなところから少しずつお互いの距離を詰めていくことが大事なんだと思っています。


あとは、これを言っては元も子もないが、その人が持つオーラも大きく関係していと思います。

話しやすいオーラを出している人には、自然と話したくなります。

もし、「弱音を吐いて欲しい。辛くなる前に言って欲しい」と本気で思ってくださっているなら、上司側もそのようなオーラや態度で示してもらえたらなと思います。

とはいえ、毎日ニコニコしている必要はなく、例えば「常にピリピリしている、話しかけるなオーラを出す、ヘッドホンを付けたまま、気怠そうな返事を返す」そのようなことが無いだけでも随分違ってくるのではないでしょうか。


会社にはいろいろな人がいます。

ちゃんと主張できる人もいれば、それが苦手な人もいます。

それは性格だし、個性なので、「社会人なんだから」と切り捨ててしまってはいけない部分だと思います。

どうすれば、社内の小さな声を拾い上げられるか。

拾い上げた声にどう対応するのか。

真摯に向き合っていかないと、いつまで経っても離職率が下がらないですよ…と、面と向かって言う勇気もない弱い人間なので、空に向かって叫びます。